東日本巨大地震


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2011年3月11日(金) 14:46 甚大な災害が発生した。
職場のビルも今まで経験したことのない大きな揺れを続けた。
悲鳴とともに全員が机の下にもぐったがその上にキャビネが倒れてきた。

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階により差があり6階までのフロアではファイルが崩れ落ちる程度であったが7階から上は
キャビネなどが乱れ飛んだ。奇跡的に怪我人は出なかった。
昔から言われている「机の下にもぐる」はやはり適切な言葉であった。


その後、情報収集が行われたが、東北地方の支社とはほとんど連絡が取れない。
社内災害対策本部が急遽設立さた。就業後、自宅までの距離が10km以内の者、
小さい子供がいる者、介護が必要な家族がいる者の中でどうしてもと希望する者は
帰宅が許可された。それ以外は強制職場待機となった。

倉庫から次々と毛布や防災用品・食品が搬出される。その光景を目の当たりに
するだけで背筋が凍ってくる。


その後テレビ、ネット情報で完全マヒしていた交通網が徐々に再開されることが判明する。
やはり自宅に帰りたいという希望者が続々と申し出た。夜間歩行は非常に困難であること、
駅は人であふれていること、道路は大渋滞であること。それらをのことを踏まえてでも家族に
会いたいという者が帰宅に踏み切った。

その後の報告から早い者は22:00遅い者は3:00過ぎにはなったが全員が無事帰宅したことが確認できた。
11日夜は非常に風が強く気温も低かった。10m先のコンビニに買出しに行くだけでもきついものが
あったので歩行帰宅をした者の苦労は想像に難くない。

職場に宿泊するものは結局100名程度になった。会議室と休憩室が女性待機室に充てられた。
男性の待機室はそのまま職場が充てられた。

夕方以降まったく仕事に手が付けられなかったため深夜まで仕事をする者がほとんどであった。
しかし頭の中が混乱していること、疲労困憊であることなどで効率があがらずミスも続出した。
業務をすることは禁止された。フロアの照明も落とされ机で仮眠をとる。
しかし絶えなく発生する余震、緊急連絡を告げる館内放送。またPCを覗いていた社員から
「うぐぐ、今度は長野でも大地震が・・・」と呻き声がもれる。
とても睡眠がとれる状況ではなかった。



夜が明け皆TVの前に集まる。凄惨な映像が次々と流れ言葉を失う。
鉄道も概ね復旧され帰宅許可される者も増加した。



普段はJR1本で帰宅出切るが不通の区間があるため
JR、私鉄、JRを乗り継ぐ路線を想定して職場を後にした。

しかし再開したはずのJR線がいきなり2分走行した1つ目の駅で20分
停車した。その後3分先の2つ目の駅でまた動かなくなった。
結局その先は歩くことにした。
とても穏やかな天候だったので助けられた。これがもし昨夜の強風、低温下で
あったと想像するだけで気が遠くなる。
普段は人ごみでごった返している繁華街であるが土曜の昼前だと
いうのにほとんど人通りがない。店も半分以上が開店していない。

「帰宅困難歩行訓練」に参加したことはあるがその時はスニーカーに軽装であった。
如何せん革靴に鞄、そしてコートとなるととても条件が異なってくる。
2駅だけの歩行であったがそれだけで限界であった。

その後は遅れ遅れではあるが私鉄、JRを乗り継ぎようやく帰宅することが
出来た。普段は1時間半のところを4時間かかった。

シャワーを浴び、ベットにもぐりこむ。普段は何気ないことであるが
この2つのことがとてもありがたく幸せであることを思い知らされた。


被災地から遠く離れているこの地でこれだけ混乱するわけであり
現地の被災者の心労はいかがばかりかと想像される。

一日も早い復興を祈念するばかりである。




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この記事へのコメント

みなっち
2011年03月29日 12:29
mixiへの記事反映、ありがとうございます。

地震のときは大変だったのですね。ご無事なようでなによりです。
こちら大阪は何事もありませんでしたので、新聞記事も淡々としたものでして、こちらで挙げられている新聞に思わず見入ってしまいました。

なにぶん被災地は遠すぎて、直接お手伝いすることもできませんし、電気を回すこともシステム上無理ということで、いったい何ができるのかと思ってしまいます。

微力でも毎日、堅実な生活をしつつも、経済を回すようにできればと思います。

今、高校野球中の甲子園、「がんばろう日本」と表示されています。無事だった関西、西日本がより一層がんばらないとだめだと痛感しています。

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