ぶらり北鎌倉

北鎌倉に行ってきました。

都会の喧騒を忘れさせる残された自然の中に佇む古寺
苔むした石段や木々の木漏れ日、愛らしいリスや小鳥のさえずり
花の季節、蝉時雨の夏の夕暮れそれぞれに表情を変えた風景が
たまりません。

鎌倉と言えば湘南と八幡宮しか行っていませんでしたがこんな
興味深いところだったとは。
また訪問したいと思わされる場所でした。

ではタイトル通り、スタートは北鎌倉駅から。

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往きの電車では台風のような暴風雨に。
駅につく頃には何とか小雨になってくれました

まずは円覚寺。
鎌倉時代の弘安5年(1282年)に鎌倉幕府執権北条時宗が元寇の戦没者追悼のため中国僧の無学祖元を招いて創建した。北条得宗の祈祷寺となるなど、鎌倉時代を通じて北条氏に保護された。
JR北鎌倉駅の駅前に円覚寺の総門がある。境内には現在も禅僧が修行をしている道場があり、毎週土曜・日曜日には、一般の人も参加できる土日坐禅会が実施されている。かつて夏目漱石や島崎藤村もここに参禅したことが知られる。


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国宝舎利殿。
当初のものは弘安八年 (1285) の頃 または 延慶二年 (1309) に建立されたと言われています。 再三火災がありましたが、なかでも永禄六年 (1563) には円覚寺が全焼しました。
復興に当たって、舎利殿として 鎌倉尼五山の一つであった 大平寺 の 仏殿 を、天正 (元年は1573) のころに移築したとのことです。


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国宝洪鐘。
1301年(正安3年)の刻銘のあるもので、「洪鐘」(おおがね)と呼ばれています。
大旦那は九代執権北条貞時で、鋳物師は物部国光。
総高259.4センチメートル、口径142センチメートルで、鎌倉時代の代表的な形態を表しています(鎌倉で最大の梵鐘)。
思い切り鐘を鳴らしたくなる衝動にかられるのは私だけでしょうか。
すぐ通報されるでしょうが。。。

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続いて東慶寺。
鎌倉幕府第9代執権・北条貞時が、父・北条時宗死去の翌弘安8年(1285年)、覚山尼を開山として建立した寺です。覚山尼は、北条時宗の夫人であり、貞時の母にあたる人物で、時宗の死後、出家して尼となりました。

東慶寺は現在は男僧の寺ですが、明治36年(1903年)までは代々尼寺であり、尼五山の第二位の寺でした。後醍醐天皇の皇女用堂尼が5世住持として入寺してから当寺は地名をとって「松ヶ岡御所」と称せられ、格式の高さを誇った。江戸時代には、豊臣秀頼の娘で、徳川秀忠の養外孫にあたる天秀尼が20世住持として入寺しています。

東慶寺は、近世を通じて群馬県の満徳寺と共に「縁切寺(駆け込み寺)」として知られています。江戸時代、離婚請求権は夫の側にしか認められていなかったが、夫と縁を切りたい女性は、当寺で3年(のち2年)の間修行をすれば離婚が認められるという「縁切寺法」という制度がありました。幕府公認の縁切寺として、江戸から多くの女性が東慶寺を目指した。ただし、女性が駆け込んできてもすぐには寺に入れず、まずは夫婦両者の言い分を聞いて、夫が離縁状(いわゆる「三下り半」)を書くことに同意すれば、すぐに離婚が成立したという。また、実際には離婚に至らず、調停の結果、復縁するケースも多かったという。この制度は、女性からの離婚請求権が認められるようになる明治5年(1872年)まで続きました。
宝蔵にはそれらに関する文献も残されています。

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続いて名月院。

明月院は、禅興寺という寺の塔頭でしたが、本体の禅興寺は明治初年頃に廃絶し、明月院のみが残っています。
禅興寺の起源は鎌倉幕府5代執権北条時頼にまで遡ります。時頼は別邸に持仏堂を造営し、最明寺と名付けたが、時頼の死後は廃絶していました。時頼の息子の北条時宗は蘭渓道隆を開山としてこれを再興し、禅興寺と改名しました。

現在は、「あじさい寺」として有名で、花のシーズンにはたいへんな混雑をみせます。この寺でアジサイを植えたのはさほど古い事ではなく、「手入れが比較的楽だから」という理由で第二次大戦後に植えたものが次第に有名になったというらしい。アジサイの他にも1年中花が絶えず、紅葉でも知られる。他に冬は蝋梅、春は梅と桜が咲き誇ります。

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後庭園は期間公開のため見られませんでした。
しかし部屋の中から庭園を眺めようと穴を開けてしまうとは・・粋ですねえ。

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大雨から一転、名月院に寄ったあたりから一気に晴れてきました。
そのせいで藁葺き屋根から湯気が・・。





続いて建長寺。
鎌倉時代の建長5年(1253年)の創建で、本尊は地蔵菩薩、開基(創立者)は鎌倉幕府第5代執権北条時頼、開山(初代住職)は南宋の禅僧蘭渓道隆で、第二世は同じく南宋の兀庵普寧です。鎌倉五山の第一位。境内は「建長寺境内」として国の史跡に指定されています。


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雨があがった時は「気温が下がってよかったなあ」と喜んでいましたが
建長寺に着く頃には残暑の日差しが全開。蒸し風呂状態でやっとこさ歩き続ける状況に



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雲がゆっくり流れるさまを見ていると時もゆっくり流れていきます。ああまったり。



最後に圓應寺。
山之内にある臨済宗建長寺派の仏教寺院。開山は桑田道海(智覚禅師)とも伝えるが未詳。山号は新居山。鎌倉時代作の閻魔像や冥界の十王の像で知られ、別名「新居閻魔堂」、「十王堂」とも呼ばれます。

中は当然撮影禁止。ど真ん中に迫力ある閻魔様がいます。
小さい子供も見に来ていて「見たら泣き叫ぶな」という期待に反し
「ああ!えんまさま!」
と指差して喜んでいました・・・。さすが子供たちにもメジャーなようで。


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以上3時間の散策コースを一回りしてきました。
ゆっくり見てきたので実際は4時間かかってしまいましたが・・・。
大変楽しい時間でしたがアップダウンばかりでふくらはぎが爆発寸前


ゴールの北鎌倉駅につくころは、すっかりいつもの残暑空になっていました。
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