熱海旅行

熱海へ行ってきました。

伊豆半島の東側付け根に位置し、相模灘に面します。市域内はほとんどが丘陵であり、別荘地や住宅なども高台の上に立つ所が多く、道路も勾配の急な坂が多いです。バス代をケチって歩こうとすると泣きを見ます。海岸線もすぐに丘となる所がほとんどですが、中心部は埋め立てで砂浜海岸などが形成されています。古くからの湯治の地であり、地名は「阿多美」であったが、海から熱い湯が湧き出ていたことから「熱海」とされました。1604年には徳川家康も来湯しています。

しかし1990年代以降社員旅行の衰退と大型宿泊施設を敬遠するムードから斜陽化し転業も多くなっています。
ある時期には「ホテルの乱立による温泉の枯渇」もニュースとして流れました。

ただ近年の原油高騰に伴って自動車の利用が控えられる傾向にある中で、都心の近くにあり、鉄道交通の便のよさから離れた客足が戻ってくる傾向にあるとも言われています。



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熱海駅に到着。
駅に降り立つともう「チーム年配」で埋め尽くされています。
駅前の平和通りなどまるで「年配の竹下通り」とも言えるほどごったがえしています。
そしてみなさん目を輝かせながら我先にと土産物買い。
本当にお年寄りは元気です

てゆーか・・・やはりお金があるから元気なのでしょうね。
高度成長期に身を粉にして朝から晩まではたらいて得た収入。プラス年金。
デカくて重そうなカメラ。昨今は軽しか売れないと嘆かれるなか駐車場にさっそうと
高級セダンで乗り込んできます。昼食時には海の幸とジョッキ、お猪口、ワイングラスが
ところ狭しとならび店内に高笑いが響きわたります

これは就職先がない、残業代が出ない、就職してもブラックだった、今後年金はもらえそうにない・・
のないないづくしの若者世代にはできないことです


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五月みどりさんの店にもみんな群がっていました。。。

これはもう政策で金が余っている年配世代の消費をあげてもらうしかないですね。

などという愚痴はやめにして・・


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駅前にいきなり「家康の湯」があらわれます。
「無料の足湯だって!」
と電車から降りてきて、いきなり温泉気分に浸ります。



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残念なのは駅前の喧騒とうってかわり、すこし歩いたホテル街の「熱海銀座」。
シャッター通りでした、やはりきびしすなあ。


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続いて来宮駅に移動です。


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来宮と言えば来宮神社。すぐ近くを新幹線、東海道線が走っているのですが
一歩境内へ足を踏み入れると荘厳な雰囲気に包まれます。
そして目玉は本殿奥にある天然記念物の巨大な楠。根回り約15.65m・南幹の目通り幹囲8.25m・北幹の目通り幹囲15.65m・樹齢は約2000年といわれています。 2000年って、、、いろんな歴史を見てきたのですね。
一周すると1年長生きできると言われています。
ベンチでしばらく眺めていたのですが杖を突きながら何周もしているおじいちゃんがいました
どんだけ生きんねん!

それだけ元気なら十分長生きします。

いずれにしてもそれこそトトロが住んでいそうな独特な雰囲気を醸し出していました。

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つづいて熱海梅園へ。
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実は今回、宿予約に苦労しました。
前述のとおり、今の熱海なら余裕だろ、と高をくくっていましたがどこもかしこも「満室」。
あるホテルの方からききましたが「この時期は早咲き梅の梅まつりがあるので大分まえから
予約でいっぱいです」とのこと。

その「原因」の梅まつり会場です。
しかしなにやら入り口付近で不穏な空気が。。

「本日入場無料とさせていただきます」

の貼り紙が。 おおおラッキー

のガッツポーズもつかのま・・ その前に、ただし書きが・・・

「梅の開花が遅れているため」

 ガーン

まあまあ、遅れていると言ってもまつり開始から1週間もたっているのですから。。。

園内に入ってみると見事な!、、、 一分咲き・・・

これは入場料とれませんね・・・。
係員の方の沈痛な表情が痛々しかったです
そりゃこれだけ入場者がいて一人300円×1週間ですからその損失を考えたら・・・
一方またまた年配者たちはもうけておられます


でも園内をみると一輪一輪はきれいなものです。

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猿回しもやっていました。
やはり年配の方が群がっていましたが、ギャラりーにはもってこいです。
「やーすごい」「わーかわいー」「そんなこともできるのね」
と孫をみるような感じでリアクションが「ドリフ大爆笑」なみでした。
お猿さんもテンションあがりまくりでした

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おまちかねの食事。熱海と言えば魚。店長おすすめ定食。ここは漁師のお店だそうで
プリプリでした。活きがいい 味噌汁が旨かった。


つづいて熱海城。


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1959年(昭和34年)に海抜100mの位置に建てられました。外観5層、内部9階の日本の城郭に見られる天守を模して造られた鉄筋コンクリート造建築であり、天守閣風建築物とよばれるものです。浅野祥雲作による日本最大といわれる金鯱を戴く天守閣からは、熱海市街、初島、大島、相模灘を一望することができます。
とにかく観光のためにこんなとこに城を建ててしまうという心意気がよいです。なんとあのゴジラにも壊されて
いるそうです。駅出てすぐのところに貼り紙が言ってました。



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モヤさまでモヤモヤしていると紹介され来客が増えているようですが完全にB級に徹している
感が微笑ましかったです。
シャチホコも国内最大にしてしまったようですが他の由緒ある城からは
「おいおい、なんてことしてくれてんねん」
と失笑されていることでしょう

ただ展示物は甲冑、馬具、日本刀、火縄銃、城、浮世絵、春画など節操がないとは言えませんが
それなりに楽しませていただきました。マッチ棒で作った城はある左官屋さんの作らしいですが
石垣までマッチ棒で作られている様は執念が伝わってきます。
日本のほとんどの城がありましたが、1個つくってはまってしまったのでしょうねえ


そしてなにより景色。これは素晴らしくこれだけでも登る価値があります。


夜になると100万ドルの夜景と呼ばれる景色となるようですが開城時間が17:00までなので
あきらめます。夏の花火の時は開放しているそうです。

城の順路は昭和の城よろしくエレベータで最上階まであがり階段で地下まで降ります。
最後の地下はなんとゲーセンでした。
しかしなぜか全て無料
また卓球やビリヤードバスケも無料ということで、ついつい汗を流すほどやりまくりました。
年配の方は当然スルーなので貸し切り状態。
城の入場料は900円で「たっけー」と驚きましたが、最終的には元をとらせていただきました。


さて今日の行程も終了です。

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お世話になった宿。

片っぱしから断られつづけたどりついた宿。
宿ログをみると「古い」「壊れたまま」「暗い」「夕食がない」「オートロックじゃない」・・・と罵詈雑言。

おそるおそる訪問しましたが、なかなかでした。

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じつは熱海と言えば以前、好景気の時3か月に1度の割合で研修があった場所です。
研修と言っても内部講師であり体験談などさらっと喋ってあとは温泉、宴会と慰安会みたいな
ものです。その時は和室に8名ほどが雑魚寝というものです。
夜は浴衣のまま熱海銀座にくりだし、締めは海岸沿いの屋台ラーメンを堪能しその後は
部屋呑みで気が付けば夜が明けているという・・とても懐かしい思い出です。

それも今は不況になり研修と言えば外部講師の厳しい内容となり時間後も課題が与えられ
個室の洋間で遅くまで宿題・・という惨状に。


今回泊まった部屋はそれは高級ホテルに慣れた人には満足いかないかもしれませんが
これぞ温泉宿といった感で個人的には満足できました。
慰安会時の様々な思い出もこみあげてきて、まったりほっこり。
そして何より「源泉かけ流し、24時間入浴OK] これです
宿泊客も少なかったので、ゆっくり入れましたので、入り倒しました


そして夕食は平和通りへ。近くに名店がたくさんあるのでホテルで夕食でなくても全然OKです。
ああうまし。
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活きがいいので最後まで魚が尻尾をパタパタ、こちらを向いて最後まで口をパクパク。
となりのおばあちゃん&孫は喜んでいましたが、ちょっとこれは食べづらかったです。。
「体切り刻まれて痛いの、痛いの」
という声が聞こえてきそうで



その後、屋台ラーメンさがしに行きましたがありませんでした・・。
あきらめて部屋呑みで初日終了です。







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