ぶらり門前仲町

門前仲町に行ってきました。


まずは深川不動尊。
江戸時代中期の町人文化の繁栄とともに誕生しました。成田山のご本尊、不動明王を江戸で参拝したいという気運が高まるなか、元禄16年(1703)、ついにご本尊の出張開帳が実現しました。この開帳の場所が現在の深川不動堂付近(当時は深川永代寺)だったのです。明治時代になり、神仏分離令によって永代寺は廃寺となり明治2年、深川不動堂の名称が認められ明治14年に本堂が完成しました。その本堂は関東大震災と太平洋戦争によって二度、焼失。明治26年、当時千葉県印旛郡のほとりに建っていた龍腹寺を深川に移築して本堂が復興。「宝蔵大日堂」や「四国八十八ヶ所巡拝所」のある「内仏殿」も無料で参拝できます。

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参道も縁日でとても趣がありました。


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ちなみに左側が2011年に建立された本堂。決して建設中ではありません


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訪れたときは幸運にも「おねがい不動様」に直接触れられる日、時間でした。
当然、行列のうしろに並びます。
ご利益いただきました


2階には四国八十八箇所の巡拝所などがあり、4階は大日如来を安置する宝蔵大日堂です。4階の天井画は中島千波の作とのこと。とにかく圧巻でした。



つづいて富岡八幡宮。
八幡神は古くから源氏一族の氏神であることから、特に徳川将軍家から深く信仰され、社殿の造営など手厚い保護を受けてきました。しかし度重なる火災や震災などにより焼失してしまい、現在残る社は1956年(昭和31)に、大鳥居は1964年(昭和39)に再建されたものです。
どうしても東京大空襲のため下町にあるものはすべて焼失されているのは残念なものです。
 富岡八幡宮の境内は広く、七渡神社や粟島神社、恵比須社、金刀比羅社、聖徳太子社、住吉社など小さな社もたくさんあります。また富岡八幡宮は、1684年(貞享元)に初めて勧進相撲が行われた場所でもあり、江戸勧進相撲発祥の神社としても知られています。

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伊能忠敬さん、この地から旅立ったとのこと。今にも歩き出しそうです


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ここで勧進相撲が行われていた江戸時代、それは庶民は盛り上がったことでしょう。

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初代横綱から


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現代の横綱まで刻まれています。・・・白鵬で止まっているのは・・・



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うらには八幡橋があります。
旧弾正橋は、明治11(1878)年東京府の依頼により工部省赤羽製作所が製作した国産第1号の鉄橋です。アーチ部分は鋳鉄製、その他は錬鉄製の鋳鉄錬鉄混成の橋で 昭和52(1977)年6月27日には近代橋梁技術史上価値の高い橋であることから、国の重要文化財(建造物)に指定されました。
この弾正橋は、もとは京橋楓(かえで)川(中央区)にかけられていましたが、大正2年の東京市区改正事業によって新しい弾正橋がかけられたので旧弾正橋は元弾正橋と改称されました。大正12年関東大震災後の帝都復興計画により、元弾正橋は廃橋となり、昭和4年(1929)現在地に移して保存することになり、富岡八幡宮の東隣りにあるので八幡橋と改められました。



つづいて深川閻魔堂。
日本で始めて、お賽銭を投入すると、仏様のお説法がきます。それも願い事に応じて違った答をいただけます。御祈願の19願意は、おえんま様(本体お地蔵様)の除(よ)け、と封(ふう)じ御利益として特別に有名です。江戸三えんまの代表として庶民の信心を集めていました。小銭の持ち合わせがなくお説法はきけませんでした。こころのこり・・・。


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つづいて国立海洋大学。
日本の国立大学では唯一の海洋の研究・教育のみに特化した大学です。2003年(平成15年)10月に共に120年以上の歴史を持つ東京商船大学と東京水産大学が統合し開学、2004年4月から学部生の受け入れを開始しました。旧東京商船大学は長年日本商船隊を支えた船乗りを輩出し、水産立国の礎を築いた旧東京水産大学とともに、現在でも海に関連する科学・工学的な専門分野における教育と研究で、その良き先達となることを目指しています。



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キャンパスを歩いているだけでいろんな興味深いものが無造作に置いてあります。
てゆーか、キャンパスに船って
もう一度学生に戻れるならここの大学にチャレンジしてみたいものです



ということで下町ぶらり。
想像以上にディープな下町風情でありました。





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