ぶらり文京

文京区に行ってきました
画像

スタートは水道橋駅です。


画像

目の前には東京ドーム。

画像

上空は高速道路が通っていますが、今は全面工事中。
べニアがはられていますが季節がら流しそうめんに見えてしまいます。


画像

小石川後楽園。
江戸時代初期、寛永6年(1629年)に水戸徳川家の祖である頼房が、江戸の上屋敷の庭園として造ったもので、二代藩主の光圀(みつくに)の代に完成した庭園です。光圀は作庭に際し、民の儒者である朱舜水(しゅしゅんすい)の意見をとり入れ、中国の教え岳陽楼記(がくようろうき)の「(士はまさに)天下の憂(うれい)に先だって憂い、天下の楽しみに後(おく)れて楽しむ」から【後楽園】と名づけられました。

画像

この素晴らしい日本庭園の背景には、野球場の屋根が。
無粋なことをしてくれます。

画像


画像




都心ですがセミ時雨。


画像


画像


画像



画像


画像


円月橋。
 円月橋は後楽園内の旧神田上水跡に架かる橋で、水戸藩主徳川光圀の
 命により、明の儒学者朱舜水が設計した我が国初の石造アーチ橋です。
 水に映る影が満月のようなので円月橋と名付けられたそうです。

画像


画像

文京シビックセンター。
いわゆる「区役所」機能を持つビルなのですが、完成当時はその豪華さで、かなりの話題となった施設。25階はフロアの一部(レストラン部)を除き、新宿高層ビル群や池袋など、東京をの街を見渡すことができる無料のデートスポットです。光の反射を避けるため、展望室内は暗めで、窓も斜度が付いているなど、夜景鑑賞のための工夫がされています。

画像

無料ですがとても素晴らしい景色が楽しめます。


画像

先ほどの小石川後楽園も真上から見下ろせます。黄門様もビックリです。
この日は34度の猛暑日。空調のきいたこの場所でしばらく涼ませてもらいました。





画像

コンクリートジャングル。
樹木がありません。この全ての部屋の室外機から温風が流されつづけているわけですので
ヒートアイランドはいたしかたないでしょうか。

画像

また68年前には東京大空襲で一面の焼け野原になったわけですが
ここまで復興したのは本当にすごいとただただ驚くばかりです。



池袋サンシャインビル。

画像

そして今の売りは何といっても正面に見える東京スカイツリーでしょう。
塔に上るのも良いですが、他から眺めるのも良いものです。




高所恐怖症なので真下を覗くときなどは恐る恐るになりますが、このおぼっちゃまは
常にガラスに体重をあずけて時にはガラスをバンバン叩いたりもしてくれます。
その旅にこちらの心臓はキュンキュンいいます。 大物です。
おばあちゃまと来ていましたがおばあちゃまは脇でニコニコ。
おばあちゃまも高いところは大丈夫な方なのでしょう。



都心ですが大学がたくさん並んでいます。


画像

明治大学。

画像

東京医科歯科大学。


画像

東洋大学。

画像

中央大学。


画像

そして世界の東京大学。



外に出ます。ゲロ暑い。


画像

春日の局像。
春日局は明智光秀の家臣斎藤利三の娘。
稲葉正成と結婚し、後に徳川家光の乳母。
大奥をつくった人物でもあります。家光時代には政治にも大きな影響を与えました。
文京区春日という地名は、春日局が家光からこの地を与えられた事、
また墓がこの地の麟祥院にあることからと言われています。
1989年の大河ドラマ『春日局』の放送を期にこの銅像が造られた
そうです。

画像

樋口一葉旧居跡。
樋口一葉と言えば、五千円札の肖像でおなじみの明治時代の女流作家。
一葉はこの地で18~21歳の2年11ヶ月、洗い張りや針仕事などの内職をして母と妹の3人で貧しい生活していました。一葉もこの井戸で水を汲んだそうです。今でも住民の方たちが使用しているようです。


画像

樋口一葉住居跡から菊坂をはさんで反対側に一葉が通った伊勢屋質店があります。樋口一葉は度々この伊勢屋質店に通い、苦しい家計をやりくりしていたそうです。一葉がこの地から転居した後も伊勢屋質店との縁は続いたようです。土蔵の外壁は関東大震災後塗りなおしましたが、内部は当時のままだそうです。


画像

鳳明館。
明治時代の下宿屋を、昭和になって旅館に模様替えしたと言われており、登録有形文化財に指定されている歴史ある旅館です。かつては東京大学の受験性がこぞって宿泊したとのこと。今は外国人観光客にも人気があるということ。このようなたたずまいの旅館が他にも数多く残っており嬉しいものです。

画像

この日もこんな催しものが。

画像

旅館街を抜けると東京大学。赤門が有名ですが正門はこれです。


画像

安田講堂は設立以来あらゆる場面で東大のシンボルとして存在してきました。東大はその時代その時代の日本の社会情勢を映すスクリーンのような役割も果たしてきたと言えます。特にこの安田講堂は常に渦中にありました。

画像

キャンパスは以前のイメージとは違い洗練された学生が闊歩しています。
また留学生の多いこと。


画像

三四郎池。
寛永6年(1629)4月、前田家3代藩主利常の時に、徳川3代将軍家光・大御所秀忠の御成(訪問)があり、それに先だって豪奢な御成御殿や数寄屋を新築し、庭園を整備したと考えられる。
この庭園が育徳園であり、池を心字池といいます。
夏目漱石の名作『三四郎』は、ここを舞台としたため、「三四郎池」と呼ばれるようになりました。


画像

こちらも東大シンボル赤門。


画像

桜木神社。
太田道灌が江戸城を築城の際、城内に北野天神を勧請、創建したといいます。二代将軍徳川秀忠の代に旧櫻の馬場の地へ遷座、元禄3年(1690)その地に昌平坂学問所が設立されることになったため当地へ遷座したといいます。


画像

本郷三丁目駅にてゴールです。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 4

面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック