滋賀旅行  1日目 その1

滋賀に行ってきました。

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まずは新幹線の中で朝食柳川弁当を食す。

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2時間で米原に到着~。何も~ない~駅です~♪

さっそく東海道本線に乗り換えて

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長浜駅へ。

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秀吉、光成像が迎えてくれます。
長浜城主となった秀吉は鷹狩の帰り、領内の観音寺に立ち寄り茶を所望します。
汗をかいた秀吉の様子を見た寺の小姓、佐吉少年は一杯目は大きな茶碗にぬるいお茶をたっぷり出し、
秀吉が二杯目を所望すると、今度は先ほどより少し熱いお茶を茶碗に半分ほど出しました。
さらに秀吉がもう一杯所望すると、三杯目は小さな茶碗に熱いお茶を入れて出しました。
秀吉は相手の様子を見て、茶の入れ方一つに気を配れる佐吉少年を気に入り召し抱えます。

この佐吉少年が後の石田三成・・三成が秀吉に取り立てられた時の有名なエピソードです。
ええ話や。


遼太郎センセの作文という話もありますが・・

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豊国神社。
安土桃山時代、秀吉の没後に長浜の町民がその遺徳を偲んで建立。事代主大神、豊臣秀吉、加藤清正、木村重成を祭神としています。

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黒壁スクエア。
明治33年に建てられ、その独特の黒塗り壁から市民に「黒壁銀行」として親しまれてきた第百三十銀行長浜支店。この由緒ある建物を改装した黒壁ガラス館では、世界のガラス製品などの販売が行われています。高級品から事務用品まで並べられていました。

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海洋堂フィギュアミュージアム黒壁。
近年ブームとなったお菓子のおまけ、フィギュアと呼ばれるミニチュア玩具が館内いっぱいに展示されています。恐竜やネイチャー、ヒーローやロボットをかたどったフィギュアが、夢あふれる世界を展開します。

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等身大ケンシロウがいきなり現れます。思わず秘孔を突かれないようスウェイしてみたり・・。

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さすが海洋堂。いい仕事してます。小坊の時、図画工作はいつも「5」だった身としては
この仕事についていたら・・と考えてしまいます。一日中黙々と作業に勤しむのも悪くなさそうです。

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どっこからきったのかごっくろうさんね♪ OPが聞こえてきそうです。

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あまりのリアルさに子供は歓声をあげまくり、大人は写真を撮りまくります

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許せないのがガチャガチャが乱立していること
感動しまくったあと出口でガチャガチャが出迎える誘惑。
みんな両替してひたすら没頭していました・・・
つられて2回トライしてしまいました。 


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長浜の街並み。風情があります。
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シトロエンでさえマッチしています。カリ城の車ですね。

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近江牛まんと芋きんつば。名物を食べ歩き。まいう~


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大通寺。
真宗大谷派(東本願寺)の別院。正式には無礙智山(むげちざん)大通寺といいますが、一般に「長浜御坊」の名で呼ばれています。本願寺12世の教如上人が、湖北門徒に仏法を説き広めるための道場を、旧長浜城内に開いたのが始まりで、そのころは、長浜御堂と呼ばれていました。安土桃山時代末期、京都に東本願寺が建立され、御堂を大通寺とし、その4年後に現在地に移築しました。大荘厳でした。


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慶雲館。
一歩足を踏み入れると、そこは明治の歴史文化と気品が漂う別空間
まちの迎賓館として建造された『慶雲館』を、新たな観光施設として整備しました。
 春には「長浜盆梅展」の会場として多くの観光客で賑わうこの建物は、明治時代、長浜の豪商・浅見又蔵氏が、明治天皇行幸に合わせ、私財を投じて建設した長浜の迎賓館です。『慶雲館』という名称は、その荘厳美麗な姿から、時の内閣総理大臣・伊藤博文が命名しました。

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長浜鉄道スクエア。
旧長浜駅舎は、日本で現存する最古の駅舎“初代長浜駅舎”をそのまま保存。英国人技師が設計した洋風2階建てで、文明開化を象徴する近代遺産で、施設内は駅長室や待合室など当時の面影をそのまま残しています。長浜鉄道文化館には北陸本線に関する鉄道資料や鉄道模型を、北陸線電化記念館にはD51形蒸気機関車とED70形交流電気機関車を展示しています。


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で、でかいです。ほんの40年前まで走っていたとか。信じられません。

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運転席から。前は全く何も見えません
正直、いろんな物を跳ね飛ばして走っていたのでしょう

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二階には目の前に鉄道が見えるのが売りの展望テラスがあります。

さて、歩を伸ばして長浜城へ。

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1574年、羽柴(豊臣)秀吉が初めて一国一城の主となった城。大坂の陣の後に廃城となりましたが、1983年に天守閣が再興されました。

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絶景、琵琶湖が一望です。




太閤の井戸。
長浜城築城の時に秀吉が掘らせた太閤井戸。秀吉の没後、石垣の一部とともに長浜城の往時を思い起こさせる数少ない遺構です。幼少の頃、親戚のお兄さんたちに連れられて石を投げている写真が残っていましたが
この砂浜でした。

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