ぶらり鎌倉 その1

鎌倉に行ってきました。
あじさいの季節です。街中咲き誇っています。



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鎌倉駅スタートです。


鎌倉と言えばサザン。
BGMお借りします。


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若宮大路を越えて

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大巧寺
安産を願う 妊婦様が、日本全国 及び 海外からも、お札を受けにいらしています。
また、境内にて 季節ごとに咲く多種類の花々が、 訪れる方の心を癒します。


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本覚寺
日出上人を開山として永亨八年(1436)に創建されました。足利持氏が鎌倉の夷堂があった場所に寺を建てて日出上人に寄進した寺院です。文永11年(1274)に佐渡流罪を解かれ鎌倉に戻った日蓮上人は、この夷堂に滞在して布教を再開しました。その後、甲斐国の身延山に入って久遠寺を建立し本核的に日蓮宗の布教を行いました。本覚寺分骨堂には、身延山から分骨した日蓮上人の分骨が納められています。本尊は釈迦三尊

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谷口屋
本覚寺門前にあるお米屋が始めたおにぎり屋です。持ち帰りはもちろん店内でのセットメニューもあります。お米については長年の経験を活かし、又「米マイスター」の資格も取得して、一層の味の追求をしているそうです。
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おむすびふかふか
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妙本寺
もとは比企能員の屋敷で、建仁3年、比企の乱で比企一族が、北条氏を中心とする大軍に攻められ、滅ぼされた地でもあります。その後、比企能員の末子の比企大学三郎能本が日蓮上人のためと比企一族の霊を弔う為にお堂を建てたのが始まりです。境内には日蓮聖人鎌倉開教聖地の碑があります。

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ぼたもち寺
常栄寺の創建は慶長11年、寺号は「桟敷の尼」の法号「妙常日栄」にちなんだもの。日蓮が法難に遭った9月12日には、「ぼたもち供養」が行われています。
日蓮が龍ノ口の処刑場に護送される途中、この地に住んでいた「桟敷の尼」が、「胡麻入りのぼた餅」を捧げたという言い伝えから、「ぼたもち寺」と呼ばれています。



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八雲神社
疫病が流行って人々が困っていた1083年、源義家の弟・新羅三郎義光が京都の祇園社(現在の八坂神社)から祭神を分霊して祀り祈願したところ、疫病が鎮まったことから厄除け開運の神社として知られるようになったとのことです。


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安養院
嘉禄元年、北条政子が夫・源頼朝の冥福を祈って建てた笹目の長楽寺が前身といわれます。て再建された。安養院の名は政子の法名である。本堂には本尊阿弥陀如来像と千手観音像と北条政子像が安置されています。

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妙法寺
日蓮が鎌倉に入って草庵を結んだ地。
妙法寺は「松葉ヶ谷法難」の舞台となったといわれています。
来寺者全員にお線香を手渡してくれます。なんだかうれしい。


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安国論寺
安房から鎌倉に入った日蓮上人が松葉が谷に来て、初めて草庵を結んだ所の一つです。日蓮上人は、20年この地で過ごし、その聖跡が寺となった。文応元年日蓮上人39歳の時、ここ草庵で「立正安国論」を著して前執権・北条時頼に建白しました。その為、度重なる法難を受けました。安国論寺の裏山には、日蓮上人が松葉が谷焼き討ちの法難の際、白猿に袖をひかれて避難したと言われる南面窟があります。

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横須賀線の踏切をわたり

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実相寺
工藤祐経の屋敷跡に建てられた寺。
 1193年、源頼朝が催した富士裾野の巻狩りの折、曾我兄弟に討たれた工藤祐経の孫にあたるといわれる日昭が開きました。

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五所神社
もとの乱橋村には三島社、八雲社、金毘羅社が、材木座村に諏訪社、視女八坂社があったが、乱橋村と材木座村が東鎌倉村に編入され、明治6年に三島社が材木座の鎮守として村社となり、明治41年に他の4社が合祀され、五所神社となりました。

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来迎寺
材木座の来迎寺はもと、源頼朝(みなもとのよりとも)が1194年に源頼朝旗揚げの時に頼朝に加勢して平家方の軍勢と闘い、89歳で戦死した三浦半島の衣笠城主・三浦大介義明(みうらだいすけよしあき)の冥福を祈って建てた真言宗・能蔵寺(のうぞうじ)という寺があったといわれている場所でしたが、開山の音阿が時宗に帰依(きえ:神仏や高僧などのすぐれた者を信じ,それによりすがること)したため、改宗して、寺の名前も来迎寺と改められました。


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九品寺
新田義貞 が、北条高時など一族の冥福のために建立したと伝えられています。 延元元年 に風航順西和尚を京都から招き、義貞が鎌倉を攻めたときに本陣をおいた場所のゆかりから、この地が選らばれました。


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補陀洛寺
源頼朝が1181年文覚上人(もんがくしょうにん)を開山として建てたといわれています。ここは、源頼朝公御祈願所であり、頼朝の供養をここですることになっていたといわれています。

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光明寺
四代執権北条経時が然阿良忠を招いて開いた浄土宗の大本山。
1243年の創建と伝えられ、鎌倉四大寺にも数えられる(他は建長寺・円覚寺・遊行寺)。
良忠は浄土宗第三祖で、良忠が鎌倉に住まいしたことで浄土宗が関東以北へ広がったといわれます。

三門(山門)の扁額(「天照山」の文字)は後花園天皇の直筆と伝えられ、後土御門天皇からは「関東総本山」の称号を受けるとともに「お十夜法要」も勅許されました。

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